京都で400年以上商いを続ける老舗・永楽屋が、京都五花街の自前の芸妓へ綸子(りんず)の白生地150反を寄贈しました。2026年8月19日、京都伝統伎芸振興財団(おおきに財団)の創立30周年を記念した寄贈式がホテルオークラ京都で開かれ、五花街の芸妓組合長らが出席しました。
編集部は式典と、その後の質疑応答を取材。今回の寄贈の背景や、なぜ完成した着物ではなく白生地を贈ったのかについて聞きました。
永楽屋が京都五花街の芸妓へ白生地150反を寄贈

寄贈式では、永楽屋が京都五花街の芸妓へ綸子の白生地150反を贈りました。対象は、置屋から独立して活動する「自前」の芸妓です。自前の芸妓は、着物を自分でそろえる必要があります。
式典では、まず京都伝統伎芸振興財団の鈴鹿且久(すずか かつひさ)理事長が代表で白生地を受け取り、続いて祇園甲部・宮川町・先斗町・上七軒・祇園東、五花街それぞれの芸妓組合長へ順に手渡されました。その後、財団から永楽屋へ感謝状が贈られています。感謝状には、花街文化の継承を担う芸妓にとって今回の寄贈が大きな支えになる、という趣旨の言葉が添えられていました。
細辻伊兵衛さんは今回の寄贈について、「芸妓さんから見れば、ほんの少しの反物かもしれません。それでも少しでもお役に立てれば」と話しました。
なぜ永楽屋が五花街へ?400年以上続く老舗と花街の関わり

永楽屋は1615年(元和元年)の創業。当初は呉服商として始まり、その後、綿布を扱う太物商へ、そして舞妓や花街の文化を題材にした「舞妓手拭」で知られる手ぬぐいの老舗へと姿を変えてきました。
花街との関わりについて、細辻伊兵衛さんはこう説明します。初代は大石内蔵助と親交があったと伝わり、永楽屋は創業当初から花街と関わりながら商いを続けてきたといいます。明治期には、東京遷都で活力を失った京都を立て直そうと京都博覧会が開かれ、その立ち上げに8世細辻伊兵衛も携わったといいます。明治5年、博覧会の附博覧として始まったのが「都をどり」でした。約100年前からは舞妓手拭を数多く手がけ、商品づくりを通じても花街の文化と関わってきました。
こうした花街との関わりは、時代とともに形を変えながら続いてきました。細辻伊兵衛さんは、「永楽屋と花街の縁は、最近始まったものではありません。江戸から明治、大正、昭和、平成、そして現在まで、形を変えながら続いてきたものだと思っています」と話します。
今回の白生地の寄贈も、そうした関係のなかで行われたものです。永楽屋では今回の寄贈をきっかけに、花街の装いを支える職人の育成や呉服事業にも、あらためて力を入れていくとしています。
寄贈された綸子・紗綾形の白生地とは

寄贈されたのは、綸子に紗綾形(さやがた)の地紋を織り出した白生地です。素材は絹100%で、1反は約38cm×12.5m、製織は京丹後。紗綾形は、繁栄や長寿を表す吉祥文様として知られ、芸舞妓にも親しまれている地紋です。芸妓の希望を事前に聞き、柄の細かさが異なる2種類から選べるようにしたといいます。
なぜ完成した着物ではなく「白生地」で贈るのか

今回贈られたのは、染めや仕立てを終えた着物ではなく、白いままの生地です。白生地で渡すことで、芸妓自身が好みや用途に合わせて色や柄を選び、それぞれの一着に誂(あつら)えられます。
白生地で受け取るからこその楽しみもあります。芸妓組合長の一人は、「無地の着物をいただいて、どんな時に着るかで色の染め方も変わる。それを考える時間も楽しみの一つです」と話しました。
話は、似合う色にも広がりました。「昔、お茶屋のお母さんに『あんたはこういうのは似合わへん』と言われた覚えがあるので、私は淡い色が好きです」。一反の白生地が、着る人の手でどんな装いになるのか。渡した先に選ぶ楽しみが残る贈り方でした。
芸妓の着物を支える京都の職人たち

一反の白生地が一着の着物になるまでには、機屋、友禅、刺繍、金彩、仕立てなど、多くの職人の手が必要です。白生地が芸妓の手に渡れば、そこから染めや仕立てといった次の仕事が生まれます。芸妓が着物を誂え続けることが、そのまま作り手の仕事を支えることにつながります。永楽屋は、芸舞妓が和装文化に関わり続けることを、職人の仕事と技術の継承につなげたい考えです。
背景には、着物づくりを担う職人の減少があります。永楽屋が式典で示した資料によると、京友禅(京小紋を含む)の総生産量は、最盛期の昭和46年度に約1,652万反ありました。それが近年は、最盛期の約1%にまで減ったとされます。
芸妓が着用する着物は、一般的な着物とは寸法などが異なり、製作にも高い技術が求められるといいます。細辻伊兵衛さんは「花街の着物は通常より30cmほど長く、帯もその分長くなる。デザインも染色も、すべての工程が難しい」と話します。着物が仕上がるまでの工程は多く、担い手の高齢化も進んでいるといいます。永楽屋では、着物用の新入社員を採用し、手ぬぐいづくりと技術を行き来させながら職人を通年で支える取り組みを進めていると説明しました。
五花街へ贈られた白生地、今後はそれぞれの一着へ

受け取った鈴鹿理事長は、喜びをこう表しました。「こんな立派なものを頂戴して、大変喜んでいます。皆さんがどんな色に染めて、着られた姿を見せてくださるか。それが楽しみで、これから毎晩また街に出るかなと思っています」。
財団としては、芸妓や舞妓だけでなく、結髪や男衆など花街の装いを支える人たちへの助成も、今後充実させていきたいとしています。
今回寄贈された白生地は、芸妓それぞれが用途や好みに合わせて染め、仕立てて着用します。今後、五花街でどのような着物として披露されるのかも注目されます。
永楽屋・京都五花街への反物寄贈式 概要
- 名称:京都伝統伎芸振興財団(おおきに財団)創立30周年記念 反物寄贈式
- 日時:2026年8月19日(水)13:30〜
- 会場:ホテルオークラ京都 3階「光舞の間」
- 主催・寄贈:永楽屋(株式会社永楽屋/14代 細辻伊兵衛)
- 寄贈先:京都伝統伎芸振興財団を通じて京都五花街(祇園甲部・宮川町・先斗町・上七軒・祇園東)の自前の芸妓へ
- 寄贈内容:綸子・紗綾形の白生地150反(絹100%/1反 約38cm×12.5m/製織 京丹後)
- 参考:京都五花街の芸妓は159名、舞妓は49名(2026年7月末時点・財団による)
- 永楽屋 公式サイト:https://www.eirakuya.jp/
- おおきに財団 公式サイト:https://www.ookinizaidan.com/
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※本記事は、2026年8月19日に行われた反物寄贈式および質疑応答を編集部が現地取材した内容をもとに構成しています。
編集・文・写真:京都のいちばんち

